前までは「早く去れ」と言っていた口が言う言葉には到底思えない。
「明日は早いのでな。今日は早々に退散するつもりだ」
「ほう。ここまで来ておいて今更そう言うのか」
「元々来るつもりがなかった。何故今ここに自分がいるのかも不思議だ」
素直にそう言えば、妖琴師は目を細めて笑う。
「ならば、早く去るが良い。囀る虫に聴かせる音はここにはない」
「手厳しいな。では、そうしよう。……あぁ、お前には申し訳ないが、暫くはここには来ないつもりだ」
有言実行をもとにキッパリ宣言すれば、彼は何故かおかしそうに笑う。
「いいや、君は来るさ。私が頼まずとも、君は来るだろう。明日の君は黙ってそこに佇み、自分の愚かさに嘆く事になる」
「……」
「どうした?去るのではなかったのか?何故いつまでもそこにいる」
無言で佇めば、嘲笑混じりに言われてハッと我に返る。暫くはここには来ないと心に決めながら、久しぶりに何の子守唄もないままに寝所に潜った。しかしながら、朝が来るまで目は覚めたままで、意識はハッキリとしているものの、身体の疲労は昨日までが嘘のように溜まっていた。重たい身体を引きずりながら、博雅と神楽を連れて都の鬼退治へと出向く。以津真天に二軍の引率を頼み、自身は術を使って周囲を探る。そんな中、不意に袖を引っ張られ、私は背後を振り返った。