「なかなか、あれはえげつないな」
苦笑交じりに言えば、以津真天はそれ以上何も言わなかった。
連日連夜桜の木の下へ通い続け、博雅からの酒盛りの誘いもそっちのけだったのは事実だ。加えて、夜のほとんどは妖琴師の元へ訪れているようになり、日を重ねる毎に時間が伸びている気がする。
「おい、晴明!最近のお前の腑抜け具合はどうにかならないのか!」
「……そう言われてもな」
「仕事の最中でも気を抜いたようにぼんやりしやがって。そんな様子じゃ、いつか鬼に食われるぞ」
「そのような失態をするわけがないだろう。……だが、忠告感謝する」
不機嫌そうな博雅に言われた事には覚えがあった。前までは都の為に尽力を尽くす事だけを天命にして動いていたというのに、今では夜を待つ事ばかりを気にしている節があった。黒清明の事も忘れかけ、偶然見つけた大天狗の羽根で博雅が騒いでいようと、それが何なのか一瞬思い出せないくらいである。原因と言えば、妖琴師と過ごす夜しか思い付かず、もう桜の木に行くのはやめようと心に決める。
だと言うのに、何故自分は今ここにいるのか。
気づいたらいつものように桜の木の下に来ており、目の前には琴を構える妖琴師の姿があった。
我に返ったのなら踵を返すべきだろう。そう思い、足を動かせば不機嫌そうな声が引き止める。
「何処へ行くつもりだ」